
田舎ではあるが京都と大阪の間にあるだけあって、うちの地元の神社は結構歴史があります。町内には水無瀬神宮と若山神社という二大神社があり、それぞれ独自の歴史や特徴を持っています。
若山神社
毎年年始にお参りする神社。
今日初めて聞いたんですが、地元の若い衆の間での呼び名は「わかじん」。
「たかじん」と同じ発音です。
使用例:「いまわかじんにおんねん。」
ふもとの若山団地を越えてさらに数十段だか百数十段だかの階段を上って山の中腹に神社があります。筋肉痛には辛い参道。
行基が西暦701年創建。
奈良時代の前ですね。で、行基ってどこかできいたことあると思ったら、鑑真と並んで高名な奈良時代のお坊さんですね。奈良の大仏にも深く関わったほどのお坊さんが「神社」を創建するんですね、そうですね。封建時代には寺社はお互い都合良く棲み分けをしてたそうだとどこかの本で読んだ覚えがあります。
ここは夜景スポットとしても地元では有名で、ラブラブなカップルがたくさんいます。
今日もたくさんのラブラブカップルがヤン車できてました。80年代のソアラとかシルビアとか乗ってるんですよ。あとはレガシィとかなんかその辺の車高を低くして、マフラーうるさいのにかえて、スポイラーつけて、ランプをやたらまぶしくて青いのに変えたやつとか。さすが田舎。
昼間は桂川、宇治川、木津川→淀川の三川合流を望むことができます。
ここで眼下の景色をぼーっと眺めているととってもゆったりした気持ちになれます。
実家を立て替えるとき地鎮祭にここの神主さんがきてくれました。
神主さん双子だそうで、都合のいいときに仕事とか入れ替わったりしてるそうな。。。都市伝説ですが。
水無瀬神宮
たまにお参り。今年は行ってない。
もともとは後鳥羽上皇の離宮だったところに建てられたもので、水無瀬家という公家さんの筋だそうな。重要文化財に指定された客殿や茶室があったり、環境庁主催の名水百選に選ばれたことでも有名。ペットボトルを持った近所の老若男女が水を汲む姿も見慣れたものです。中学の頃は帰りに女の子と二人で遊びにきていろいろしたものです。。。懐かしいなああの頃。
将棋の駒の水無瀬という書体も、この血筋の水無瀬兼成・兼俊さんというのが戦国時代の有名な駒師でその人が使ってた書体が由来だそうな。当時の書体と今の「水無瀬」とは違うものらしいですが。
さすが「神宮」と称しているだけあって水無瀬神宮の格はかなりのもの。水無瀬神宮は昔の公式な格(近代社格制度)では日枝神社や諏訪大社、熱田神宮、平安神宮、出雲大社など錚々たるメンバーと同格だったそうな。あんな小さいのに。。。
神社の格とか、神社本庁とか
「神社」と「神宮」何が違うか調べていると「神社本庁」という宗教法人があることを初めて知った(今さら)。ひとつひとつの神社が別法人格を持っていると思ってました。。。伊勢神宮を本宗と仰ぐ全国八万の神社の元締めだそうです。さすが最大級の宗教法人だけあって、政治色も強いようです。しかしながら、そもそも戦前は神道と政治(というか国家)は一体となっていたもの。それをGHQの神道指令によって政教分離させられたのが神社本庁のもとです。
まとめきれないので、Wikipediaの関連情報。
- 神社本庁
- 近代社格制度 – 皆様薄々きづいているように、神社にも格があります(この制度自体は戦後まもなく廃止)。水無瀬神宮は官幣(かんぺい)大社といって、最上級だったそうな。
- 別表神社 – 近代社格制度が廃止になったものの、事情があって特別扱いな神社たち。水無瀬神宮も別表です。
参考図書。そのうち読んでみます。
- 神社とお寺の基本がわかる本―基本のキを教えます (宝島社新書)
- 日本人なら知っておきたいお寺と神社 (KAWADE夢文庫)
- 神社の見方―歴史がわかる、腑に落ちる (ポケットサライ)
- わかりやすい神道の歴史 – 神社本庁監修
話をもとに戻すと、中学のころは若山神社と水無瀬神宮の家は仲がいいとか悪いとか、実は同じ血筋が経営してるとか全部噂レベルの話でたぶん違うとは思いますがそういう話がまことしやかに学校中に流れていたこともあります。
なんにしても、若山神社のたき火の周りで中高生たちが集まってみんなで歓談している姿がうらやましい。楽しかったあの頃はもう戻ってこないのかー!